29年夏・慰安旅行in大分


さて、まずはレポートは「慰安旅行」についてお送りしましょう。

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行きのフェリーでお嬢さん手書きのしおりが、一人一人に手渡されます。ここに今回の旅行で何をするのかが描かれています。


・・・ワクワク♪

この夏の慰安旅行も盛りだくさんの内容で、お陰様で初経験を山ほどしました。


大分へついて、人生初だったこと、まずは一日目のお宿での地魚のお造り。

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車えびにウニ、鱧にカレイにゴチがお出迎え。5人全員の顔が入ってしまうほど大きなお皿!!
どのお魚も鮮度が良いのでカレイは皮も肝も、鱧は何と浮袋までお造りとしていただきました。

今回のお宿は御縁あって師匠がここに行こうと決められました。わごいちの近所で信州の手打ち蕎麦を出される「ぼっかけや」さんで店長をされていた天野さんが、ご自身の家業である料理旅館を継がれたので、そこへお邪魔させていただきました。


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大分の香々地(かかじ)という場所にある「梅乃屋」さん。

お造り以外も大ご馳走の数々。先代さんは京都で修業をされ、その味を引き継ぎながら大阪で修業をされた4代目の御主人の味付けも、出汁が生きていて塩梅が素晴らしく本当に美味しくいただきました。

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もちろんお蕎麦も手打ちで極上。

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地で採れるそば粉100パーセント。豊後高田市という所で栽培されているとのこと。ご主人いわく、信州のそば粉に比べると地ものは水分加減が難しいとおっしゃっていました。

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蕎麦がきも出してくださいました。つなぎが入っていないというのが嘘のように、つきたてのお餅ほどに柔らかく温かくモチモチでした。





翌日は海水浴。朝からたっぷりと泳いでいたはずの海が数時間経過するとザーッと潮が引き、どこまでも遠浅の砂浜が現れました。

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そこで、人生初のマテ貝掘り。

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潮干狩りも人生初ですが、マテ貝は栄養豊富で綺麗な海という条件が揃わないといけないそうで、本当に貴重な体験。

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更には潮がここまで引くのも満月の影響。満月付近で晴れていてお昼間に潮が引くという条件が揃う、おそらくこのタイミングに出会えることは、人生でもう1回あるかないか、だそうです。

海水浴からキャンプへ。海から山へ移動し、この両方を一日で経験することも人生初。

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サファリパークのキャンプ場にて。

この後はナイトサファリという夜のサバンナの動物たちに餌やりをします。

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夜のキリンをこんなに間近で見たのは初めて‥、他にもクマやゾウも見ました!!



その翌日は、サファリパークでライオンに餌をやったり、


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そして、人生で後にも先にもこの1回でしょう、なんと‥


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トラの赤ちゃんを、抱っこしました!!!







弟子入りして10年目。


慰安旅行も数えれば両手では足りない程、連れて来ていただきました。

初めての慰安旅行はお嬢さんが生まれてしばらくしての頃。
家族旅行に私がご一緒させていただくような感じでした。

女将さんの故郷に一緒に帰らせていただき、女将さんのご両親を前に「お父様」そして「お母様」と自分の親以外を父母と、呼ばせていただきました。

「いつも本当に有難うございます。」そう言って下さる女将さんのご両親に、弟子入りという形で師匠と女将さんに家族同然で接して頂いている毎日のことを、その事への有難さと申し訳なさをどうお伝えしていいのか‥困ったことを思い出します。

そして、紙鳶さんが弟子入りし、お嬢さんが大きくなっていき、回数を追うごとにだんだんと「慰安旅行」という形になっていきました。


友人との旅行とは明らかに違う。家族との旅行とも違う。きっと恋人との旅行とも違う・・・

私は友人にこのわごいちファミリーで行く慰安旅行の話をした時、

「それって楽しいの??」

と、質問されたことがあります。

「楽しいよ」と即座に応え、ああ‥そうかと思ったことがありました。世間の感覚では毎日仕事を通して接している上司と休みの日まで一緒に過ごすことが果たして"楽しい"のか‥と素朴に疑問なんだと知りました。

"休日"というのは仕事を忘れる"日"。旅行というのは仕事から解放され"パーッ"とする日。それが一般的に言われる世間の感覚です。

その垣根が無いのが「弟子入り」というもの。

‥と言っても十数年前までは、弟子というのは暮らしも同じ一つ屋根の下が当たり前。すべての面倒、衣食住をお世話され、お給料はお小遣い程度です。けれどその頃とは時代が違うからと師匠が現代に合わせて少し形を変えて、私たちは弟子生活を送っています。

普段の食事は、師匠と一緒にいただくときには全て面倒を見ていただいています。住む所は別々だけれど、私たちは世間の仕事をする人が一人で生活するお給料をいただいています。

旅行になると私たちが財布を持っていく必要はないと言われ、旅費から現地での食事に遊び、とすべての面倒を見ていただくのです。

個人での買い物は家族や友人へ買って帰るお土産分のみ。

そうして、家族の一員として慰安旅行中を過ごします。

日に何度も入れ替わる役割。弟子として、先輩後輩として、時に子供としても時間を過ごす。

やっぱり旅として、普段とは違う場所でいつもと違う空気を吸い、いつもと違う時の流れを過ごし初めてのものに触れる。

何気ない日常の中で、師匠がどんなものを見て発想を湧かせ整体に繋げているのか、女将さんがどんな風に工夫をして時間を捻出して仕事と家業を両立させているのか、紙鳶さんが遊びの中でどうやって体を使い丹足に活かしているのか‥

お嬢さんが日に日に成長するのは、どう一生懸命毎日を過ごしているからなのか。

脳みそは休んでいる暇がないくらい、沢山の情報が飛び込んでくるのです。楽しいと心底感じて必死に遊んでいる間に、次から次へとやって来る沢山の知恵。

それらを咀嚼して日常に活かせしていけるのかどうか、は私の腕次第。


こんな事を思いながら、慰安旅行を楽しめるようになりました。初めの頃はやっぱり自分が"パーッ"と楽しむことだけを考えていたように思います。


けれど、去年の閏年ミーティングで私は「わごいで家族の一員になること」と夢を話しました。

それはわごいちでの自分の居場所をここだと決めることでは無くて、今何が必要かどんな役割で居るべきなのか、どうしたらみんなが幸せと笑えるのか、喜び合えるのか、自分なりに考えて一員として立つ。





本当の家族じゃないけれど、やっぱり大切な家族でその家族の一員として役割を担いたい。

これまでどんな場所でも自分のことしか考えなかった私は、10年経ってようやく慰安旅行をこれまでと違う気持ちで過ごしています。










池田参尽
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by wago-ichi | 2017-08-14 16:36 | わごいちの日常 | Comments(0)

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