丹足は誰のもの
2019年 02月 16日
今日は心のままに。
ちょっとくどめです(笑)
私達の運営する非営利型の協会は、わごいちの2大施術法の一つである丹足が、広く社会で活用されることを願って立ち上げたものです。
「一般社団法人丹足普及協会・千照館」
いく先千年先までも
世界が想い遣りで照らし合えるよう
我々は丹足を伝え
役立てていきたい
千年先までも照らす館、
なかなか器のでかい館でしょ?
でか過ぎて、正直なかなか掴みどころないです(笑)
そこに私達は今の時代で集っています。はじまりの集まりです。これから千年先まで、丹足で世界を照らしていけるだろうか。
名前って大事だなと思います。
わごいちには院長先生が作った名前が結構あります。
「和合一致」そして「わごいち」
「ハラ揉み」はそのままとして、「丹足」、「参尽」「紙鳶」それから「千照館」。
どれも根本的な命とも言える理念が込められた、わごいち的に言うとハラから産み落とされて名前になったもの。
私は子供を産んだこともないし、名前を産み落としたこともないけれど、大事なものは大事だとちゃんと言います。本気度や熱量が違うのは当たり前で、だからって大事なことに変わりありません。
ただ、敬意と感謝は示す。
敬意と感謝にレベルなんてものがあるのだとしたら、年々そのレベルは上がってると思います。染み付いた傲慢さや無責任さの自覚はすれど、それでも上がったと思うしまだまだ上げていく。
…………やっぱり無責任で傲慢ですね(笑)
院長先生がこの世に産み落としたものが、もう一つあります。丹マークです。
千照館のデザイナーの南艸さんの助けを得て、形になりました。
丹足の丹、丹田の丹、つまりハラ。
みんなの丹、みんなのハラ、のマーク。
「『千照館』は千照館だけのマークだけど、丹田は人間すべてが持つものだから、この丹マークは誰でも集い使えるものになって欲しいね。」
そう聞いて、日本の誇りのようなものを感じたのを思い出します。
いや、なんの話かと言いますと、私がインフルエンザで臥せっていたとき、千照館師範である院長先生が年始めの稽古をつけられたんです。
その最後にされた話が弟子の私でも(弟子の私だからか?)結構グッとくるなと思って、なんとなく書き留めておきたくなりました。
あ、…どんな稽古をされたのか、どんな空気を作られたのかの勉強のために、録音を取ってもらってたんです。
ほんと、とりとめのない話なんですけれどね。
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「丹足っていうのはご存知の通り、僕が考えたんですけど、僕にとってこれは宝物です。大事にしたいなと思って、でも自分の足は2本しかありませんし、ご存知の通り半分はちょっと調子悪いですし……皆さんの足でこうやって(誰かのために踏みに行って)広げてくれると、やっぱり(丹足を)作ってよかったなと思うし、こういう場(千照館)を作って良かったなと思うし、〜〜〜〜〜〜どんどん踏みに行ってまた話聞かせてください。ではこれからまた一年、頑張っていきましょう!」
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(協会を応援くださる賛助会員さんを踏む図)
丹足は誰のもの?
院長先生が作ったけれど、院長先生のものじゃない。わごいちだけの施術法だけど、わごいちだけのものじゃない。
千照館のもの。
千照館に集った私達のもの。
だけど、
私達のものだけど、私達だけのものじゃない。
これから千年先もの間、丹足がどんなふうに世界と関わり活用されていくのかを想像しています。宝物を宿されたこの足とハラで、私達はこの時代の私達の丹足の道を模索し見せていく。
私達の丹足と言える千照館に集ったのだから。
井上紙鳶
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このブログのタイトルにもなってる「たいたいレシピ」への想いを綴っています。是非一度、読んでみてください。
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by wago-ichi
| 2019-02-16 10:54
| 千照館・丹足